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聖ムィコラーイ教会(ウクライナ語:Церква Святого Миколая на Аскольдовій могилі)はウクライナのキエフ、アスコルドの墓という地域にあるキリスト教の教会。

10世紀、キエフ大公国のオリガによって建立された。
1809年、ウクライナの建築家アンドリイ・メレンシキイが教会を作り直し、その姿は今に至ている。
1934年、ソ連の政府は教会をレストランに変え、鐘塔を破壊させた。
戦後、教会は「アスコルドの墓」公園の施設の一つとして利用されてきた。

ウクライナは独立を取り戻した後、1997年 - 1998年の間に教会の建物が復元され、ウクライナ・カトリック教会に渡された。
2001年にはローマ教皇ヨハネ・パウロ2世がウクライナを訪問し、旅の始めにその教会を訪れた。

お墓なのに、なんとなくそんな感じではないのが不思議です。
一時期レストランになっていたとはちょっと驚き。

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オデッサ(ウクライナ語:Одесаオデーサ)は、ウクライナ南部、黒海に面した港湾都市である。
オデッサ州の州庁所在地であり、横浜市と姉妹都市提携を結んでいる。
人口は約99.3万人(2006年)。

重要な貿易港を持ち、またこれまでの歴史上様々な国の支配を受けてきたため、非常に国際色豊かな都市となっている。
ソビエト連邦時代に発展を遂げたため、主に現地人の間で使用されている言語はロシア語であるが、ウクライナ語が公式言語とされている。
住民はウクライナ人、ロシア人、ユダヤ人、ギリシャ人、ルーマニア人、ブルガリア人、トルコ人と多種多彩である。


この街の出身でもあるイサーク・バーベリによる短編集『オデッサ物語』の舞台である。
彼の他にも多くのユダヤ人芸術家がこの街で生まれ育ち、イディッシュ文化の中心地となった。また、現代ギリシャの代表的な映画作家であるテオ・アンゲロプロスの製作した映画「エレニの旅」(2004年)では、革命に伴うオデッサからのギリシャ人難民が主人公となっている。

多くの文化人やスポーツ選手がこの街の出身です。
港もありますが、今では工業都市としても産業の栄えています。

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ヴラジーミル・サモイロヴィチ・ホロヴィッツ(Vladimir Samoilovich Gorovits(Horowitz), Владимир Самойлович Горовиц(Vladimir Samojlovič Gorovic/Horovyc), 1903年10月1日 - 1989年11月5日) は、ウクライナ生まれのアメリカのピアニストである。
名指揮者として知られるアルトゥーロ・トスカニーニの娘婿にあたる。
ロシア語ではゴロヴィッツと発音するが、ウクライナ語ではホロヴィッツとなる。

受賞暦
* グラミー賞
最優秀クラシック・アルバム賞6回
最優秀クラシック・器楽(ソロ)部門賞14回
最優秀クラシック・器楽(オーケストラ伴奏付)部門賞2回
最優秀クラシック・器楽(ソロまたはオーケストラ伴奏付)部門賞3回
ライフ・タイム・アチーブメント賞
* レジオンドヌール勲章 フランス政府より 1985年
* イタリア共和国功労勲章 イタリア政府より 1985年
* 大統領自由勲章 アメリカ政府より 1986年


ロマン派の名演奏がよく知られているピアニスト。
ロマン派だけでなく、近現代や古典・バロックの作曲家もよくリサイタルで演奏していたようです。
技巧だけなら、もしかすると彼の右に出る人はまだ現れていないと思います。
ああ、生で聴いてみたかったなぁ。

1995年から6歳から17歳までの11年間が義務教育である。小学校・中学校に相当する9年間は同じ学校に通い、10年目以降は普通学校と専門学校のいずれかを選択することになる。このため11年間同じ学校に通う生徒も存在する。

必須科目はウクライナ語のほか、情報学、経済学などで、英語は1年生からの必須科目で、ロシア語は選択科目となっている。

ウクライナの学校は、3月末に1週間の春休み、6 - 8月に3ヵ月間の夏休み、12月末 - 1月に約2週間の冬休みがある。


春休み、冬休みは日本と変わらないけど、
夏休みはやっぱり日本より長いなぁ・・・。

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コティホローシュコ(ウクライナ語:Котигорошко;意訳:「豆太郎」)は、ウクライナの民話に登場する主人公、豌豆から生まれた不思議な力を持つ男の子である。またその主人公とする昔話の題名である。日本の桃太郎と類似性を持つ。

コティホローシュコについての民話は様々であるが、どのバリエーションにおいてもドラゴン退治の場面が物語の中軸となっている。

典型的なコティホローシュコの民話では、コティホローシュコはドラゴンに子供を奪われた夫婦の間に誕生したとされる。婦人は川で洗濯していたとき、道を転がっている豌豆を見つけてそれを食べる。その後、婦人は男の子を産み、その男の子に「コティホローシュコ」(転がっている豌豆の子)という名をつける。男の子はまたたくまに成長し、人並みはずれた強大な力を持つようになる。ある日、コティホローシュコはドラゴンに奪われた兄姉を救うことを決意し、そして、鍛冶屋にドラゴンを倒すための鉄の棍棒を作らせ、ドラゴン退治に出発する。旅の途中でコティホローシュコは、ヴェルヌィーホラ(山砕き)、ヴェルヌィドゥーブ(木抜き)、クルティヴース(長髭)という三人のコサックの魔法使いに出会って友達となる。この三人はドラゴンとの戦いでコティホローシュコを助け、コティホローシュコはドラゴン退治に成功する。

豌豆はスラヴ人の神話や民話にしばしば登場する植物である。農業社会にとっての豌豆は、生命力・肥沃・繁栄を象徴している。特に東スラヴ人の文化において、豌豆は世界の誕生を祝う大祭(現在のクリスマス)や多産を祈る結婚式などで用いられる。


どこの国にも民話や神話があるんだなぁ・・・。